■なごのこと■
うちの猫、なごが、2001年3月27日夕方5時40分、逝ってしまいました。
享年だとどうなるのだろ、80年2月に出会った……呼びとめられたときは生後
2、3週間だったんじゃないかな。だからたぶん満で21歳。雌猫。

最近は、腰の肉も落ち、歯も耳も目も鼻も100%の部分はどこにもなかった……それ
でも、持ち前の向こうっ気と総合力でなんとか、というよな状態で。「この冬が
越せるだろうか」と考えたのもこの冬が初めてではありませんでした。脚が弱って、
なんでもないところでよろめくこともしばしば。腎臓も弱っているのは知っていたし。

21日から、食事を受けつけなくなりました。3日め……病院に行くかどうか、「猫
が食べない時」の最終決断の日だったと思います。
でも、すでに覚悟はしてました。今度もし、何かあったら。その時医者にできる
「良いこと」は、多少の延命ぐらい。苦しまないように、という「思いやり」も
あったかもしれません。でも、最期のときは、家で一緒にいよう、と、決めていま
した。それがたとえ人間側の負担になっても、そうしようと。

1週間。最初は、途中で何度も倒れこむように休みながらも、自分でトイレまで行き、
口に持っていけば休み休み水をなめていましたが、最期の数日は寝返りもままならず、
温めた水をスポイトで口に含ませるのがやっと。
それでも、24日かな、最後の「散歩」をさせることが出来ました。日課の縄張りの
確認をしたいと言ったので……ほんとに数歩ではありましたが。外を歩いたときは、
家の中とは明らかに違う緊張感で、歩き、満足したのでした。そんなことをすれば、
それだけ体力は使います。でも、したいことをするのが、猫だよね。もう一度治るなら
我慢させるにも理由はありますが……もうその時ではありませんでした。

最後の日。もう、頭をあげるのもままならない。寝返りをうつのに失敗して、力の
ない手首が変な風に折れ曲がるのを、横でその都度直してやって。でも、スポイト
で飲まされるのを嫌がってたのが、ちゃんと舌を出してなめた。背中をそっと指圧して
いて、やめようとすると、頭をあげて、こちらを見た。「もっと」と言った。何度も。

まだそこに、意志はあったのでした。もう何もわからず、されること全て嫌なんじゃ
なくて、まだ、求めている……だから、もしかしたら、なごは治るのかもしれない。
奇跡だって起きるかもしれない。覚悟しながらも、どこかに希望は残っているもんです。

その半日後……水を飲ませると、その後、とても気持ちよさそうに伸びをしました。
あの、満腹の猫が、横になってさあ寝ようかな、って時にする、あの伸び。ああ、伸
びしたよ、と家人が言うので、私も、と場所を替わって。背骨の脇、いつも指圧する
と喜ぶところをすーっと腰の方まで、背伸びに合わせて……ああ、ほんとだ。これは
もしかしたら、これから少しずつ食べられるようになってくのかしら。大丈夫なのか
もしれない。なんだか明るい気持ちになって。疲れないぐらいに、また少しなでて。
なでて。でも。

最初は、わかりませんでした。でも、なんだか。さっきまで、呼吸のたびに、胸のあ
たりが動いてはいなかった? 今は、そういうのがわかりにくい姿勢なのだっけ。
……ねえ、なごは、動いてるよね? なんだか、わからないんだけど。
そういうと、家人が来て背中ごしに、なごに触れ、私にはそれは余りに短い時間に
思えたけれど、すでにその瞬間にわかっていたようです。あれは、最期の伸びだった
のでした。

それは死ぬ前の痙攣だった、ってのが客観的なのかもしれません。でもね、待たされた
猫が、あーやっと聞いてもらえた、と言うときの。横になって気持ちいい時に伸びして
から、上半身をくりっとあお向けにする前の。または、よく寝た猫が立ちあがり、さあ
これから行こうかなってときの、そんな伸びだったよね、なご。さあ行くよ、って。

そんな風に、なごは行ってしまいました。
なご、あんたは白黒猫だけど、ちょっと微妙に赤茶がかった黒だから、この色忘れち
ゃうのヤだから、ちょっとだけ頂戴。柔らかい首すじの毛をちょっとだけ。それから、
ヒゲ一本だけ持ってていい? 遠慮しながら、怒られないように、痛くないように、少し
遺品を分けてもらいました。

調べて絶対ここならと思ったお寺で29日に火葬。とても丁寧な担当者が、ひとつひとつ
の骨を綺麗にならべ……これが第一頚椎。これが第二頚椎…頭から尻尾まで。爪までち
ゃんと残るんですね。骨折した方の足は、4本あるはずの骨が一本に融合してたのを確
認し。短い曲がった尻尾も、骨になればちゃんと全部の骨があるようで、「尻尾の長い
猫だったんですね」なんて言われて。
そして、肩甲骨が、とても綺麗な形で残りました。担当者の言葉は、「ああ、綺麗に残
りましたね。ストレスがあったり、大病をしたり、食事がダメだったりすると、こんな
風には残らないんですよ。21歳なのにねえ」そうか。半人前の飼い主だと思ってたけど、
なごの綺麗な肩甲骨に誉められたら、結構一人前だったかもしれないね。
なご、ありがとう。

この1週間、アホな話ですが、私もご飯食べられないわ、ほとんど眠れないわ、なーんか
連れてかれちゃいそーだったですが、綺麗なお骨見てたら、ああ、良かったと思えて。
昨日の夜は、ひさしぶりに熟睡して……こんなの書く元気もやっと出てきました。
たかが猫一匹。そこらで車に轢かれてたり、誰かのストレス解消にいじめられたり、子どもに
蹴飛ばされてたりするのが当たり前みたいな生き物なのにね。恩知らずで身勝手で気分屋
で、獲物ほおりなげて遊ぶ残酷なヤツで、飽きりゃ何したってうるさそうにするだけの、
人を召使としか思わないひでーヤツでさ。聞いてくれるまでガーガー騒ぐわ、ちょっと
気に食わないと別な缶詰開けろだの、その一番いい場所は私が寝るだの、新聞広げりゃ
真中に座って背中向けるし、炬燵に入るから持ち上げろのそこの戸開けろの……

あーもーいっかい、どんな声でもいいから、何かめーれーしてくんないかな。あんたの声
がしないとね、家ん中がちょっとばかり静かすぎると思うよ。
ねえ、猫の天国の最上の寝床はどんな具合? 最上は、冬の布団の腕枕だってのなら、
まだあと少しは二番目で我慢しといて。そのうち持ってあがります、なご様。

*つけたし*

なごにはたった一曲だけ、思い出のある歌があります。
天才バカボンのテーマ。(詞:東京ムービー企画)これが流れてきたときに、突然、
「呼んだ〜?」って言うのです。なんで?と思って……ああそうか。「ねこやなぎ」の
猫に反応してんだ、と大笑いしたことがあったのです。

なごが逝った丁度そのとき、こちらが泣き崩れてる最中、つけっぱなしのケーブルTV
から、この曲が流れてくんのよ。ああ、なごの曲だぁ、ねこやなぎだよって……なんて
間のいい猫でしょうね。そしてもちろんこの歌のサビは、「これでいーのだ」なのだ。
自分の葬送曲まで選んじゃって、全く! さすがだよ。おかげで天才バカボンのテーマ
聞いて泣ける珍しいヤツになっちゃったけどさー。これで、いーのだ!


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